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三元社出版物
研究会からのお知らせ : 第70回多言語社会研究会(東京例会)【開催日:2017年1月28日】
投稿者: webmaster 投稿日時: 2016-12-30 17:38:24 (421 ヒット)

第70回多言語社会研究会(東京例会)のご案内
日 時:2017年1月28日(土)午後2時〜6時
場 所:東京外国語大学本郷サテライト4階セミナー室
    http://www.tufs.ac.jp/access/hongou.html
資料代:500円

報告者1:根本峻瑠(神戸大学大学院人文学研究科博士後期課程/日本学術振興会特別研究員DC)
題  目:1910年の多言語教育−−オーストリア=ハンガリー帝国トリエステ国立ギムナジウムを事例に
報告概要:
 多言語・多民族国家であったオーストリア=ハンガリー帝国では、様々な方策を通じてネーション間の均衡を作り出す試みがなされていた。本報告では博士論文(2016年12月提出)を元に、イタリア語とスロヴェニア語の言語境界地域であるトリエステに設置されていた、ドイツ語を主要教授語とする中等教育機関であるトリエステ国立ギムナジウムにおける多言語教育の内実を、リュブリャーナとツェリエの国立ギムナジウム、トリエステ市立ギムナジウムとの比較を通じて明らかにする。

報告者2:赤桐敦(京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程)
題  目:プロテスタント宣教師の文字教育から中国人による言語改革への「言文」の変容
報告概要:
 19世紀末に開始された中国人による言語改革は、アヘン戦争(1840-1842)後に中国に上陸したプロテスタント宣教師の活動に遡ることが、John De Francis (1950)、藤井(宮西)久美子(2003)、村田雄二郎他(2005)、蒲豊彦(2009)らの先行研究によって示唆されている。本発表は、まず1850年代の厦門において、宣教師が民衆に対して行った言語教育を考察し、彼らが漢字・漢文ではなく、民衆の俗語を用いることで、近代西洋文明を中国の民衆にもたらそうとしたことを論じる。続いて、1890年代の中国人による言語改革が、その最初期において、宣教師の影響をうけて、民衆の俗語を用いた「言文一致」による近代的教育の実現を目指していたことを確認する。そしてさらに1900年代に対日関係の変化によって、言語改革の主眼が、官話と漢字・漢文による「国語統一」へと移行した過程を考察する。本発表は、J. V. N. Talmage(1819-92)、 C. Douglas(1830-77)、盧戇章(1854-1928)、梁啓超(1873-1929)、王照(1859-1933)、呉汝綸(1840-1903)らの活動を、同時代の一次資料によって検証し、背景に存在した複雑な人間関係や政情と、その言説との関係を明らかにすることを目指す。

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